水野哲夫先生と考える「ライフステージごとの性教育のあり方」
TENGAヘルスケアが運営する10代向け性教育メディア「セイシル」は、2024年12月に5周年を迎えることを記念し、「ライフステージに寄り添う性教育のあり方」と題したイベントを行いました。(2024年11月28日)
イベントでは、元高校教諭の水野哲夫先生が実際に教育現場で感じられたことを交えながら、福田(セイシル)とライフステージごとに考える性教育のあり方についてお話いただきました。
今回は当日のイベントの様子を前編・後編に分けてお届けします。
<登壇者プロフィール>
水野 哲夫( みずの・てつお )
一般社団法人「“人間と性”教育研究協議会」代表幹事。
元高校教諭であり、私立 大東学園の包括的性教育の授業「性と生」を長きにわたり先導。
福田 眞央( ふくだ・まお )
保健体育科教員として勤めた後に大学院に入り、ジェンダー学・性教育を専攻。2021年からTENGAヘルスケアに携わり、10代向け性教育WEBメディア「セイシル」を担当。
福田 性教育界隈では、水野先生を知らない方はいないんじゃないかと思うほど、多くの性教育従事者が先生を参考にしていると思います。まずは、水野先生の性教育活動について、どのような想いでこれまで続けてこられたのでしょうか?
水野先生 1996年に、大東学園高校で1年生の総合科目として「性と生」の授業が始まりました。私は翌年1997年にそのチームに加わり2013年に定年退職するまで関わってきました。
高校で年間20時間以上性教育がある学校は非常に珍しく、東京都内では私立で3つだけです。(大東学園高校、正則高校、吉祥寺女子中学高校)
私が性教育に関わることになった当初、当時は性に関して無知な駆け出し教員でしたので、高校生の性行動を「問題行動」としてしか捉えていなかったんです。
上から言われるままに、例えば、生徒の財布にコンドームが入っていたら「不順異性交遊だから保護者を呼び出して注意する」ということをしていました。それが生徒に対して良い事だと思ってしていました。
しかし、卒業生から「先生の性教育は、私たち生徒を苦しめていた。間違っていると思います。」と言われてようやく気が付き、反省しました。その反省を胸に、これまで性教育を続けてきました。
不純異性交遊!今ではあまり聞かない言葉!
最も多い悩みは「マスターベーション」
福田 セイシルでは、「モヤモヤ相談室」という性の悩みや疑問(モヤモヤ)を募集するフォームを設置しています。昨年、10代から寄せられたモヤモヤ相談(約3000件)は、以下のような内訳でした。
福田 10代からは、圧倒的にマスターベーションに関する投稿が多いことがわかりました。このデータをご覧になって、水野先生はどう思われましたか?
水野先生 子どもたちにとって、マスターベーションは誰からも教わりづらいものということですよね。
実際、マスターベーションについて教えている学校はほとんどないですから。よく頑張って教えている学校でも、「自慰・マスターベーションは有害ではないよ」といった程度の内容ですので。
私はこのグラフだけではなく、すべての投稿(文章)を拝見しまして、女性からの「マスターベーションで性的な快感を得られない」という相談がすごく多いなと思いました。そして、何を基準に快感が得られないと言っているのかというと、それはAVですね。
AVのような激しい快感表現を見て「そこまで感じられない自分はおかしいのでは…」と思ってしまう。AVの刷り込みが基本になり、実際の自分の状況とのギャップで悩んでしまう。
今後、今よりも性教育が浸透してきても、学校では教えられない部分は残ると思います。その受け皿として、セイシルの存在は大きいと思います。
福田 私も前職が保健体育科教員ですが、学校で教えていいのか、ためらってしまうトピックはありました。
水野先生 男子中高生にすごく行き渡っているテクノブレイクって聞いたことありますか?
マスターベーションしすぎると死ぬという俗説なんですけど、「嘘に決まっているだろ」と授業で言ったら、青い顔でスマホを持ってきて「先生!これがテクノブレイクで死んだ人間の画像です…!」って。(画像に映っているのは人間ではなく)人形なんですけど。「私が説明するまで不安に思いながら噂を信じていた子もいました。
福田 私たち大人が「そんなことあるわけないだろ」と思っていても子どもたちは真剣に悩んでいたりしますよね。そういったところにまだまだ知識を届けなくてはならないなと思っています。
年齢が上がると他者ありきの悩みが増加
福田 年齢が上がるにつれ、自分自身の悩み(マスターベーションやからだのこと)から、他者ありきの悩み(セックス、避妊・妊娠など)の割合が増えていっています。こちらをご覧になって水野先生はどう思われますか?
水野先生 10代の前半くらいは、「自分の体がどうなっているんだろう」「自分は変じゃないか」といったことで悩みがちですが、15歳くらいから急カーブ。要するに人間関係の悩みということですよね。
性の問題は自分の心と体のこともありますが、人間関係が基盤にあります。10代半ばになると精神面が成熟してきて、人間関係に基づく悩みが増えてきたということだと思いました。
福田 生理などの「自分の体に関する疑問」は調べて自分の中で解決すれば終わりですが、セックスなど人間関係が絡むと自分だけでは解決できませんもんね。そういったところに意識が向き始めるということですね。
投稿年齢には「はどめ規定」が関連?
福田 続いて、相談室に悩み(モヤモヤ)を投稿した「年齢層」についてですが、12〜13才の中学1年生が多いことがわかりました。中学生に上がる時期から性の悩みや疑問を抱えやすいのかなと思ったのですが、水野先生はどう思われましたか?
水野先生 中学生に上がる時期は、心と体が大きく変化する思春期に入ってきているので悩みが増えやすいですね。
そうすると、(16歳以降も)増えていっても良いように思いますが減っています。これは、義務教育とそれ以降でわけて考えると納得がいくのかなと。
義務教育段階では、「性に関する指導を行う場合でも、妊娠に至る経過は扱わないこととする」といういわゆる「はどめ規定」があります。
はどめ規定とは…
文部科学省が定める、小学校・中学校で扱う指導内容を制限する規定のこと。
(例)
小学校の理科:人の受精に至る過程は取り扱わないものとする
中学校の保健体育科:妊娠の経過は取り扱わないものとする
水野先生ポイント解説
-
悩みの投稿件数が16歳以降で減る理由は、下記ではないでしょうか。
- はどめ規定がなくなる高校生以降は保健体育で性交等を学習する
- 友だち同士での情報交換の機会が増える
- ネット情報にもこれまで以上にアクセスしやすくなる
ただ、性交そのものを教えることは高校でもまだまだ少ないでしょうね。とはいえ、高校生になれば性交同意年齢(16歳)を超えた生徒たちがいて、性的な行動も活発化しますので、「性交について何とかして適切に対処(指導)しなくては」と考える先生の割合が増える点も違いとしてあるのではと思います。
はどめ規定による性教育の矛盾と誤解
水野先生 現場の先生方は「義務教育では、はどめ規定があるからセックスのことを教えちゃダメなんだよね」という認識が強いと思います。
福田 はどめ規定があることで、性感染症に関連してコンドームについては教えるけどセックスについては教えない。私自身もそんな矛盾の中で授業していました。
水野先生 それは本当によく聞きますよね。保健体育の学習指導要領では、「コンドームは性感染症予防に有効であることを教えましょう」となっています。でも、性交は教えられない…。手品…?
福田 手品です。感染経路を教えられないわけですから。
水野先生 ただ、実は文部科学省ははどめ規定について、「教えちゃいけないということではなく、学校長次第で(現場の裁量で)個別の質問に答えるのはOKですよ」としています。
ただしこのことはあまり知られていなくて、現場では「セックスについては教えてはいけない」と考えている先生が圧倒的に多いでしょう。
学校長が現場に対して「必要だからやってください」と言えば、はどめ規定の制約は解除できるということは知ってほしいですね。
福田 私も早く聞いておきたかったです。校長先生にお願いして、苦労せずに性感染症について教えることができたかもしれないです…。
性教育は義務教育段階から絶対に必要な教養
福田 長年、学校現場を見てこられたと思いますが、水野先生自身は義務教育段階で必要な性教育について、どう考えていますか?
水野先生 第1部で鈴木えみさんもおっしゃっていましたが、国際セクシュアリティ教育ガイダンスでは、「性教育は5歳から始めましょう」とカリキュラムが組まれていますが、ヨーロッパにおけるセクシュアリティ教育ガイダンスは0歳からがスタンダードです。
0歳からというと、非常に狭く特殊に捉えて「0歳からセックスを教えるのか?」と思う人がいるかもしれませんがそうではないです。
性というのは、体と心全てですから、体を大事にする、清潔にする、丁寧に扱う、自分の体に他人が触れることに対して抑制的にする、逆に他者のことも尊重するという部分が性教育の始まりなので、早くから始めていくのが良いと思います。
性交について教えるのは、10歳くらいが良いのだろうと考えていますが、「自分の身体は自分だけがコントロールできるものである」という体の権利のことは5歳からやっていけば良いと思います。
読み書きそろばん情報操作、歴史認識、社会の仕組みと並んで人間の絶対必要な教養だろうと私は思います。
福田 本当にそう思います。交通安全教室、情報モラル、たばこや薬物などの防止教育などはあるのに性教育は必須にはなっていなくて、もっともっとやっていくべきだなと思いました。
大人の悩みの8割は子どもと同じ
福田 性の悩みは大人でも少なくありません。ここまで子どもたちの話をしてきましたが、大人はどうかというと、自分自身振り返っても性教育らしいものは受けた記憶がなく、大人になってからもその機会はありませんでした。そのあたり、水野先生はどう思われますか。
水野先生 ほかの分野だと年長者のほうが知恵と経験を持っていて頼りになることは多いですが、性に関することでは頼りにならないですね。
みんなが常識だと思っていることこそが怖いです。日本の常識を作る立ち位置の「辞書」もそうです。
広辞苑で、性暴力と引くと、『主に男性が女性に対して行うレイプなど攻撃的なこと、性的いたずら』と書かれていて、非接触的な盗撮なども出てこない。
「自分は性について社会的常識を持っている」と思っている大人ほど危ういかもしれません。
福田 ありがとうございます。当たり前と思っていることが…。今の子どもたちとの認識の違いも怖くなりました。
水野先生 ちゃんと(性教育について)勉強した子どもの方が遥かに適切な認識を持っているということはあると思います。
福田 セイシルは10代向けのサイトですが、大人(20代以上)からもお悩み相談が多く届いています。
実際、大人からの相談は、この1年で相談全体の2割を占めていました。子どもだけでなく、大人も性のモヤモヤ解決を求めていることがわかります。
福田 また、大人から寄せられたお悩みの内、なんと8割が子どもと同じ悩みだったんです。
【子どもと共通のお悩み(例)】
-
オナ禁のメリットはあるか
-
我慢汁で妊娠するのか
-
生理中のオナニーやセックスはいいのか
-
オナニーのしすぎで不安
-
性器の大きさや形の悩み
-
セックスが怖い、痛い
-
イケない、イキ方が知りたい
【大人特有のお悩み(例)】
-
妊活やセックスレスの悩み
-
いつまでセックス・オナニーしていいのか
-
この歳まで彼女・童貞である悩み
-
子どもへの性教育の悩み
-
加齢による性機能障害
何歳になっても同じような悩みを抱えているんだな、と思いました。このデータをご覧になって、水野先生はいかがですか?
水野先生 必然だと思います。学ばずにここまで来ているので。しかも子どもと比較すると年齢を重ねていて、実体験に基づく悩みである可能性も高いと予想できるので、切実さは大人の方があるのかなと思いますね。
大人向けの相談ができる場所というのもとても大切だなと感じます。
大人向けの相談できる場所、それが「おとなセイシル」だよね~!
性的同意とみなされても仕方ないと考えられている行為とは?
福田 大人に学びの機会がなかったという点で、2019年にNHK社さんと通信会社LINEさんが共同で実施した「性的同意」についてのアンケートでは、大人よりも10代の若者の方が、「『性的行為への同意があった』と一般的にみなされても仕方ないと思う行動(基準)」について適切に把握していることがわかっています。
弊社も2024年11月一般市民の方々に向けて、類似のアンケートを実施しましたので、その結果と一緒に見ていきたいと思います。
性的同意とは…
性的な行為を行う際に、お互いがその行為を「積極的にしたい」と望んでいるかどうかの意思確認をすること。
水野先生 (2019年と今回のもの)どちらの調査でも、下記の項目は「(性的同意があったと)そう思われても仕方ないでしょ」と考える人は多いですね。
- 二人きりで個室に入る
- 相手の家や部屋に行く
- 二人きりで深夜まで過ごす
- キスをする
- 二人きりで同じ部屋で寝る
私が気になるのは、「二人きりで個室に入る」。カラオケボックスも個室ですから行ったら性的行為に同意していることになるんでしょうか。
相手の部屋に行ったらそうなっちゃうんでしょうか。捉え方の傾向というのが非常に気になりますね。
また、「二人きりでいるときに泥酔している」が同意しているとみなされるというのはすごい発想です。泥酔していたらわからないでしょう。油断しているから同意している、その発想が不思議です。
キスも非常に数が多いですが、これを性的行為に同意していると捉えるのは考え直した方が良いのではと思います。
ジェンダーの差もありますが全般的に女性の方が「そう思われても仕方ないんじゃないの」と思っている。
福田 自己防衛のためなのか。年齢によって差がある点も見ていただけたらと思います。
大人向け性教育メディア「おとなセイシル」のオープンも発表
福田 子どもの時に性教育を受けてこなかったことで大人になっても正しい知識が得られないという状況を踏まえ、TENGAヘルスケアはおとなセイシル(当サイト)を性の健康週間である2024年11月25日に立ち上げました。
福田 水野先生がおとなセイシルに期待することはありますでしょうか。
水野先生 有意義であることは間違いない。相談できるところ、エビデンスに基づいて答えてくれるところがあるのは非常に大事なことで大きな存在になると思います。どれだけの相談が来て、どういう回答が生まれていくのか非常に期待してみていきます。
(性教育に携わる人達が)力をあわせて性の学びが広がっていくことを楽しみにしています。
福田 水野先生の期待に応えられるように、TENGAヘルスケアは子どもにも大人にも、適切な性の知識を届けて参りたいと思います。
いろいろな媒体を通じて、悩みを解決する機会があることで、適切な知識も広がっていくのかなと思います!参加してくださった(メディアの)皆さま、本日はありがとうございました!
性教育に従事されている水野先生のお話も、とっても勉強になったな…。モヤピンは、自分の心と体を守るために、必要なことをたくさんの人に知ってほしいと思った!
大人のみんなとこれから一緒に学んでいけたら嬉しいな。
記事をシェアする
前編の鈴木えみさんと福田さんのトークセッションもとても勉強になったよ~!みなさんもぜひ合わせてチェックしてね!