オナニー世界王者が僧侶に 仏教徒からみた性
TENGAヘルスケアの取締役として、包茎手術の体験談やオナニー世界大会での経験をオープンに語り、性の啓発活動に取り組んできた佐藤雅信(さとう・まさのぶ)。
休み明けのある日、突然袈裟姿で出社し社内を騒然とさせました。
実はインドで得度(とくど)*¹してきたそう。「性」と「仏教」という、一見相反するように思える領域をどのように結びつけているのか。その真意と実態に迫ります。
*¹在俗者が仏門に入ること。
この記事の協力者

佐藤 龍雲 TENGAヘルスケア社員
大学時代に包茎手術で性感帯を失い膣内射精障害に。2005年TENGA入社。2016年TENGAヘルスケア設立。2024年にインドにて得度(とくど)し、袈裟姿にて出社を始める。
もっと見るしょうた 佐藤さん、お久しぶりです!風の噂で、佐藤さんが出家されたと聞いて…。
この前は包茎手術の体験談を聞いたので、ギャップで風邪ひきそうです!今日はいろいろと聞いても良いですか?
佐藤 もちろんです。本日はよろしくお願いします。包茎手術の体験談ではTENGAヘルスケアの取締役として、恥ずかしがらずに正面から性を語ろうという意図でお話しさせていただきました。
今回はまた別の角度から、私が仏の道に進んだことについて率直にお話しできればと思っています。
仏教と性、僧侶とオナニーなど、世間的には真逆のイメージだと思いますが、私はむしろ強いつながりを感じています。そのあたりを丁寧にお伝えしていきますね。
僧侶になるまでの道のり
しょうた では早速ですが、佐藤さんはもともと仏教や宗教に関心があったんですか?
佐藤 私はどちらかというと「無神論者」寄りでした。いわゆる宗教組織や偶像への信仰心は持っていませんでした。ただ、生き方の「思想」としての仏教哲学には興味があったんです。
なかでも「中道(ちゅうどう)」という考え方が、私の普段の活動である性教育やセルフプレジャーにも通じるんじゃないかと思うんです。
中道って簡単に言うと「極端に走らずバランスを保とう」ということ。
食事や睡眠、仕事、趣味など、人生のあらゆる要素と同じで、性欲やセルフプレジャーも“やりすぎは体や心に負担がかかるけど、我慢しすぎるのも不自然”ということがありますよね。そうした程よい塩梅を探るのが大切だと感じています。

しょうた なるほど。性と仏教は縁がないように感じましたが、中道という考え方を知るとつながりも感じますね!
佐藤 それから仏教には「自利利他(じりりた)」という言葉もあって、自分自身が満たされてはじめて、ほかの人を助けたり思いやったりできるという考え方を指します。
性教育も同じで、まずは自分の身体と心を大切にし、セルフプレジャーを含めて健康的に向き合えることが重要。そうしてこそ、パートナーとのコミュニケーションや相手への思いやりにつながっていくんじゃないかなと思います。
しょうた ふむふむ。ちなみに、現在はどの仏教(宗派)に入られているんですか?
佐藤 私は特定の宗派に強くこだわっているわけではありませんが、インド原始仏教(釈迦仏教)をベースとした宗派で、インドにて「得度(とくど)」しました。
僧名として「龍雲(りゅううん)」という名もいただいているのですが、普段の社会生活では本名の「佐藤雅信」を名乗っています。
龍雲ワンポイント「出家と得度」
-
「出家」は、「家を出る」と書く通り、一般的にお寺や道場に入り、世俗の生活から離れて僧侶として本格的に生きることを指します。寺に住みこんで、お坊さんとしての修行や活動を行うイメージですね。
一方、「得度」は仏教の教えを学ぶ弟子としての最初のステップなんです。
髪をそって仏弟子(ぶつでし)となる儀式を受けるので、見た目は「出家っぽい」のですが、必ずしも世俗の生活をやめるわけではありません。つまり「仏門に入る入り口」のようなものが得度なんです。
しょうた 龍雲僧侶!カッコイイ~。
仏教に入門するって、みんな「出家」するんだと思ってました。「得度」ってやり方もあるんですね!ちなみに、なぜ袈裟を着て出社するようになったのですか?
佐藤 袈裟を着て出社した当時は、ちょうど得度の儀式を終えて帰国した直後で、ありがちな言い方ですが「心機一転」という気持ちが強かったんです。
今も出社時は袈裟が基本ですが、プライベートでは平服も着用しています。仏弟子の立場で仏教を学んだり、自分なりに修行を深めたりはしますが、TENGAヘルスケアでの仕事や一般の社会生活も続けています。
ただ、下半身に関してはすでに悟りに至り、執着や煩悩から解脱(げだつ)しているので、下半身は出家していると言っても良いでしょう。
しょうた 下半身は出家…?!オナニーはするんですよね?後で詳しく教えて下さい!
しょうた そもそも、なぜ得度されたんですか?ずっと考えていたってことですか?
佐藤 実は昔から生きるのがつらくて、ずっと「死にたい」と考えていたんです。始まりは大学入学後くらいからですかね。
社会は資本主義的な「もっと、もっと」の競争が常識で、「いったい何のために生きているんだろう」という虚しさを抱えていたんです。
でも実際には死ねず、苦しみを抱えたまま生き続ける状況に行き詰まりを感じました。
そこで「煩悩や執着から自由になれば、心がもう少し軽くなるかもしれない」という思いが芽生え、2022年頃から「仏門に入れば、生きたまま生まれ変われるかもしれない」と考えるようになりました。

しょうた そんな風に考えてたんですね…。
佐藤 街を歩いていても、女性を邪な目で見てしまう時もありますし、「もっと欲しい、もっと快楽を得たい」と終わりがない。
そうやって苦しむより、いっそ僧侶の衣をまとって自分を律し、欲望に振り回されない生き方をしてみようと考えました。
実際、得度を得てみると、何をしても満たされなかった心が少しずつ穏やかになり、「もっと、もっと」という終わりのない渇望を手放せつつあります。
僧侶になるとセックスやオナニーはどうなる?
しょうた 世間一般的に、仏門に入るとセックスやオナニーが禁止されるイメージがあります。
ですが佐藤さんといえば、前回のインタビューでも「幼少期からマスターベーションが大好き」と話していましたよね。
今後一切、オナニーしないんですか…!?
佐藤 よく社内の人にも聞かれます(笑)。

佐藤 結論から言うと、私の属する宗派では「オナニー禁止」という明文化された戒律はありません。
もちろん、仏門に入ったからには「性的な行為を慎む」という大原則はありますが、オナニー自体が絶対ダメというわけではないんです。
ただ私自身、得度を得てからは性的な煩悩からほぼ自由になれました。
以前は「いかに気持ちよくなるか、そして射精に至れるか」ということばかり考えていましたが、今は良くも悪くも、気持ちよくなることにも、射精することにも興味が無くなってしまいました。
しょうた なんだ、オナニーはしてもいいのか…でも、「射精に執着しない」って、悟りの境地っぽくてカッコいいです!
今はほぼオナニーもセックスもしていないってことですか?
佐藤 あくまで業務や健康管理の観点で行っていますが、性欲とは切り離されています。
陰茎海綿体や前立腺の健康の観点から言えば、射精はたくさんした方がよいので。今では使用試験のときや、月に1回くらい*²は「健康のための射精でもするか」というくらいですね。
*²前立腺がんの予防効果が確認されるラインは月21回以上です。
佐藤 また、求められたり、誘われてセックスをするのは、人の欲求充足をお手伝いするという観点からやぶさかではありませんが、基本的に射精はしません。
いたすことがあっても「相手を満たすこと」が主になり、自分は最後まで出さずに終わることが多いですね。
生理現象としての勃起や射精は今でも可能ですが、そこに「欲望」としてのモチベーションがほとんど伴わないです。
しょうた スゴイ世界ッス。世界一の遅漏(オナニーチャンピオン)は、ついに射精欲を手放したんですね…。
しょうた 確かに、「射精欲」や「性欲」に囚われすぎると、大変な目に合うこともありますよね。佐藤さんは今の社会の「性欲」に対してどう考えていますか?
佐藤 性欲そのものが悪ではありませんが、コントロールできないとトラブルの元になると思います。
仏教の修行を通じて、「欲は捨てきれないけど、振り回されずに眺められる状態」が理想なんだと気づきました。そこにたどり着けると、いろいろ楽になりますよね。
オーガズムは悟りの疑似体験⁉ 宗教における「性」
しょうた 仏教と言えば、タントラっていう宗派(密教)が「性と関わりが深い」と聞いたことがあります。佐藤さんはそのあたりも詳しいんですか?
佐藤 そこまで詳しくはないのですが、『タントラ 東洋の知恵』や『性の進化論』『ヴァギナ』『オルガスムの科学』など、タントラと性に関連しそうな文献は一通り読みました。とはいえ私自身はまだ入り口をのぞいた程度で、専門家と比べたら勉強不足もいいところです。

しょうた こんな本あるんだ…!なんかムズかしそうな本ですね。
佐藤 密教、特に「タントラ」は、性エネルギーを悟りや覚醒の方向に活用する考えが特徴的だと言われます。オーガズムが一種のトランス状態を引き起こし、「一瞬だけ悟りの疑似体験ができる」という解釈もあるようです。
実は、真言宗やチベット密教などのいわゆる”密教系”には「煩悩即菩提(ぼんのうそくぼだい)」という考え方があります。これは、欲望や煩悩を無理に否定するのではなく、正しく扱うことで悟りにつなげるという思想です。身体と心の垣根が溶けるような感覚を経て、「煩悩を超えた先の一体感を味わう」という考え方ですね。
チベット密教の曼荼羅(まんだら)には男女の性交シーンを象徴的に描いたものが多く、欧米からは「乱交教義」などと誤解を受けた歴史もあります。しかし本来は、「性エネルギーを通じて宇宙の根源とつながる」というイメージを象徴的に表しているだけで、必ずしも乱交を推奨しているわけではないんですよ。

しょうた うおお…。難しすぎる。「オーガズムが悟りの疑似体験」なんて、考えたこともなかった!
佐藤 そもそも仏教には呼吸を止める瞑想法(クンバカ)があり、それを通じて臨死に近い状態を体験し、意識の深奥に至れると解釈されるんです。
これは「呼吸を止めるのではなく、自然に呼吸が止まる」という点が重要です。そして実は、射精やオーガズムの瞬間にも一瞬だけ呼吸が止まっているそうなんです。つまり、オーガズムでミニ臨死体験をし、そこから意識の深奥に至るということです。
実際、オーガズム時には意識がグッと集中し、雑念が一瞬飛ぶような状態になりますよね?いわゆる「賢者タイム」も、「無」や「虚無」の感覚を垣間見た後の、虚脱感なのかもしれません。
しょうた たしかに射精の瞬間は雑念がないかも!賢者タイムの時は、「無」で携帯とか見ちゃうけど(笑)

佐藤 現代の神経科学や脳科学の視点からも、オーガズムは脳や意識に深い影響を与えるとされています。
現代的な性科学の参考書、『愛は脳内物質が決める』『プラトニックアニマル』などでも、恋愛感情にはホルモンや神経伝達物質が大きく影響していると解説されています。
つまり、伝統的な密教やタントラの思想と最先端の脳科学には、「オーガズムが脳や意識に影響を与える」という共通した考え方があるんです。性と意識、あるいは性と宗教の交わる分野は、まだまだ未知の可能性を秘めていると感じます。
いろいろな考え方がありますので、気になった方はぜひ調べてみてくださいね。

今後の目標
しょうた 得度を得たことで、TENGA(会社)を辞める考えは浮かばなかったんですか?
佐藤 実は一瞬だけ迷いました。
でもよく考えてみると、「仏教は煩悩を否定する」と思われがちですが、むしろ「煩悩とうまく付き合う」ための思想とも言えるんです。
TENGAヘルスケアで私が取り組んでいる性教育やセクシュアルヘルス&ウェルネスの推進は、人々が自分の身体や欲望を正しく理解し、コントロールする手助けにつながるはず。
「性」を悪として封じ込めるよりも、正しい知識を提供して健全に向き合う方が、仏教的な「中道」と合致すると確信しています。だからこそ、辞めるよりはむしろ「仏教徒としての視点」を社内外に広める方が意義があると感じています。

しょうた なるほど確かに…。正しい知識を知らないと、うまくコントロールする方法もわからないですよね。
新たなステップを歩み始めた「龍雲僧侶」として、今後成し遂げたい目標はありますか?
佐藤 性欲というものを個人的な興味関心としてほとんど失った今、自分にできることは「人を性の健康と健康そのものの観点から幸せにすること」だと思っています。
大きな目標は「人が性の悩みを安心して語れる社会」をつくること。性から完全に離れてしまうのではなく、むしろ仏教的なアプローチを通じて、性に対して穏やかに向き合えるマインドを広めたいんです。
私自身、得度を経て性欲からはほぼ自由になりましたが、その経験を活かして「性を楽しみたい人」「性欲がつらい人」両方を支援できれば面白いですよね。世俗でも僧としても、性と健康をつなぐ新しい道を切り開いていきたいと思います。

しょうた 自分の周りに煩悩まみれな先輩がいるんですが、最後に何かメッセージもらえたりしますか?
佐藤 私自身、得度したからといって全ての欲を捨てきったわけではありません。まだまだ修行の途上で、迷いや欲に振り回されることもあります。たまには貪(むさぼ)ってしまうこともあり、修行の日々です。
それでも「欲求をゼロにする」よりは「欲求を観察する」ことを意識し始めてから、生き方が少しずつ楽になりました。
性欲があることは決して悪いことではないし、欲を持つのは自然なことです。ただ、それに振り回されて苦しんでしまうのなら、少し距離を置いて観察してみるのも一つの手。煩悩と上手に付き合うことで、より豊かに人生を楽しめるのではないでしょうか。
しょうた 煩悩まみれの先輩に伝えておきます。本日は貴重なお話をありがとうございました!
佐藤 こちらこそありがとうございました!

この記事を書いた人

矢野 真奈 TENGAヘルスケア社員
大学では社会学を専攻。日本の性教育の遅れを感じ、何か自分にできることはないかと学生団体の立ち上げやイベントの運営に関わる。2023年にTENGAヘルスケアに入社、SNSやセイシルの運営などを担当。
この人の記事一覧記事をシェアする